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コロンビアの旅 ボゴタ6

スッキリとした寝起きだ。

二日酔いもなく、清々しい。

今日はボゴタの土産物を物色しつつ、Uberをつかいパロケマオ市場を目指す

昼ごはん、市場で何を食べようか考えつつ家を出た。

30分弱で市場付近に到着。

あまり何も考えていなかったが、街並みを眺めていると旧市街に戻ってきたような感覚だった。

実際聞いてみると、つい2.3日前までいた旧市街のカンデラリアまで歩いて20分程度の場所のようだ。

何故かふと懐かしい気持ちになり、市場の後はカンデラリアに行こうと思った

まだ新市街に移動して2日も経っていないのに、あの辛い体調不良の日々を共に乗り越えた地に愛着をすでに抱いていたのかもしれない。

さて、この市場は市民の生活に欠かせない場所であり、ボゴタ第二の市場とされている。昔は観光客などはほとんどおらず、付近の治安も悪いとされていた。市場を見渡す限り、観光客風情の人々は今も皆無であった。

ここの市場が他と違うところ、それは

花が尋常でないほどに沢山売られている。

コロンビアは花の生産が有名で、カーネーションの生産量は世界一。

日本も、切り花に関してはコロンビアからの輸入が一番多いのである。

市場内には花以外にも、野菜、果物、食肉、魚介類、食べ物に関する全てのものがあり、捌かれた牛が天井から吊られていたり、その捌かれた肉を台車に乗せて運んでいたり

スペインでも見慣れた光景だったが、ツルツルに皮を剥がされた豚や鳥が丸ごと売られていたりしているのをみると

日本では見慣れないので、圧倒される。

それからにおいがすごい

これはあくまでも個人差があるだろうけど、僕はにおい面で耐えれなく、ここで何かを買って食べるという気にはとてもなれなかった。

おそらく動物を捌く場所によくある特有のにおいが市場内に充満していたような気がする。

大阪でも西成区の津守、羽曳野市や松原市では今も食肉を解体することを生業にしている人がいて、場所がある。屠殺場というのだろう。

おそらくその類のにおいだったと思う。

それに加え、ゴミが散乱していて、市場内の清潔感は全くなかった。

バロセロナのボケリア市場のような雰囲気を想像していたので、あまりの違いに面食らってしまった。

事前にYouTubeでみていた、市場内のおすすめ、豚ご飯のような屋台の目の前にはたどり着いたのだが、とても食欲がそそられるものではなかった。

僕は若干の潔癖症だ

しかし、嫌な気持ちは一切しないし、ネガティブな印象もない。

ただ、今は遠慮しておこう。

それだけのこと

それから市場内をブラブラしていたが、お腹が空いたのでカンデラリア方面へ歩いていくことにした。

市場からカンデラリアまでは歩いて約20分程度だが

その道中、真昼間なのに人があまり歩いていないし、妙な静けさが絶妙に怖い

昼間だし大通りを歩く必要もないかなと思い、近道だし、方角だけ間違えないようにして裏路地を歩いていたのだ。

たまにすれ違う人や、若者の集団をみかけるが、僕をみる目には明らかにヤバそうな雰囲気を漂わせている

道もゴミだらけで嫌な気配しかしない

気持ちを落ち着けようと、一服🚬

昼間にこんなハラハラすることも珍しい。

自分の経験の中で培った危険アンテナが反応し続けていた。

あと10分も歩けば到着するという地点に辿り着いた時に目の前に広がっていたのは電気街だった。

●●電気 

というような日本ではあまり今はみかけなくなってしまった、個人店がブロック内にひしめいていた。

電気店に混じりバイク屋や雑貨屋などがあって人がたくさんおり、ホッとした。

自分が今コロンビアという未知の場所にいることを改めて認識し、夜だったらどうなっていたことかを考え、気を引き締めたのだった。

さて、最後に

そろそろ郷土料理を食べなくてはと焦りを感じ、コロンビア料理のレストランに入ることに

僕はスープが好きなので、コロンビアのスープがほしいと伝えると

それならアヒアコという料理だという。

今回初の郷土料理

簡単に言うと鶏肉とじゃがいもを使ったシチューのような食べ物だ。それにパクチーやトウモロコシが入っていたり、それをアボガドや米と一緒に食べる。

あっさりしていて食べやすく日本人の口にも合う一品だった。

郷土料理を食べるとまた少しその土地のことを知れたような感覚になる。

その後はウサケン地区へ戻りショッピングモールなどに行き、土産を探したり、カフェに行ったり、ゆるやかな午後を過ごすのである。

次回

常春の都、メデジンへ

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コロンビアの旅 ボゴタ5


遂に、夜を迎えた。1.2時間の仮眠のつもりがしっかりと寝てしまい、21時頃に目が覚めた。

17時前に寝たので4時間の昼寝。寝過ぎた。

知らない土地で神経を使う分、色んなとこに疲れがきてることを実感するとともに

時差にもある程度慣れ、この昼寝によりフルパワー状態にあることを確信する。

満腹状態では遊びに行く意欲がなくなるので、昼間カフェで夜用に買っておいたパンを軽く食べ、ゆっくりと着替えを済まし戦闘態勢を整える。

さぁ、いこう。夜の街へ

こんな時に誰か隣にいれば楽しさも倍増なのに

少し寂しい気持ちにもなるが

外に出れば新しい出会いが必ずあると自分自身を盛り上げる

目指すは 

Zona T 

ここは、お洒落なレストランやバー、クラブが集まる地区であり

日本語に直訳すると

T地区 Tゾーン T地帯 

といえるだろうか。

南米は季節が日本と真逆でこの時期は2月なので真夏となるが、夜のボゴタは標高が高く上着一枚羽織るぐらいで、ちょうどよく

寒くもなく心地いい気温である。

歩いてもよかったが、迷うのも嫌なので、行きはTAXIをひろうことにした。

約10分。到着したZoea T はなるほど、栄えた場所で、行き交う人もお洒落で裕福そうな人が多い。

まず感じたのがカジノが無数にある。

大小合わせるとどれくらいあるのだろう。

日本のパチンコ屋のような感覚で存在している。

寝過ぎてしまった為、エアビー近くのショッピングモールへ両替に行けなかったので、まずはドルからコロンビアペソへの両替ができるとこを探す。

フェリペがZona T へいけば夜でも両替ができる場所があるはずとの情報。

街行く人に尋ねると、カジノで両替が可能という。

カジノへ入り両替を難なく済ませる。

その時既に23時を過ぎていたが、目指していた店が24時開店ということで、1時間ブラブラ散策しながらビールをのみ、照準を合わせる。

“El Coq”

エル・コック 

意味はわからないが、フェリペに求めているクラブのイメージを伝えた時に、それならということで紹介してもらった。

EDM中心で、アングラ感もあり、観光客はあまりいないそう。

24:30頃入店する。

まだ人は少なかったが、店内に入りお酒を飲みながら音楽を聴きつつブラブラしていた。

休憩できる場所が屋内外にあり、入口は狭いが、店内は広く開放感があった。

そしてお酒の値段に関してはヨーロッパも日本もそうだが一杯¥1,000ぐらいの感覚

日本と違うのはヨーロッパも含め量が多く、濃い。

お酒が好きだがあまり強くない僕は3杯も飲めばもうフラフラになる。

音楽は注文通り、自分好みであり最高だった。

日本で頻繁にクラブ、イベントやフェスにいくわけではないが、ここの音楽はEDMにコロンビア風の独特な南米のリズムが随所に織り込まれた感があり日本のDJとは違う感覚、新鮮であり格好良い

DJブース近くで聴き入っていると

DJをしていた人が、交代し近づいてきて、話しかけてきた。

珍しいものでもみるように

アジア人が1人で酒を飲みながら、DJブース付近で踊りもせず熱心に聴き入っている。

逆の立場でも声をかけるかもしれない

彼はDJ兼オーナーだそうだ。

自分が旅をしている経緯を説明すると、1杯奢ると言ってくれ、甘えることにした。

もう4杯目だった。

巧みなDJ

楽しく話をし、日本でプレイしたいから自分たちを呼んでくれ、という話になり

将来そういうことができるようになったら是非呼びます。と伝え、whatsappを交換し店を出た。

締めの何かを食べたかったが空いてるお店も少なく、TAXIもあまり走っていなかったので歩いて家を目指した。

もう4時を過ぎている。

しっかり楽しめたボゴタのナイトライフ1発目

ボゴタの生活もあと2日。

明日は昼までには起きてしっかり残りを楽しもうと決め、酒をさます意味も込め、夜風に当たりながら歩いて帰宅したのであった。

次回

ボゴタ庶民の市場へ 

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コロンビアの旅 ボゴタ4

部屋に戻り、次の日の宿について考える。

ボゴタは旧市街(南側)と新市街(北側)の二つに分かれており、旧市街が低所得者層、新市街に中流〜富裕層が住んでいる

治安に関しては説明は不要なはず

HostelworldとHotels.comで宿を探す

旧市街もガヤガヤしててノスタルジックな雰囲気がありとても好きだったが

残りの3日間はボゴタの違う一面を知りたいと思い、新市街のエリアで探すことにした。

ある程度調べた時に、今回の旅行の半年前にアメリカで知った、Airbnbでも探してみようとふと思った。

Airbnbは家主が不在で、鍵がポストに入っており、滞在中顔を合わせることも無いこともあれば、在宅のパターンもある。

日本での通称は「エアビー」

2008年設立され、サンフランシスコに本社があるそう

サービスが開始され10年後に初めて利用することに。

今は日本でもかなり知られてるけど、好みが分かれるかもしれない。

さて

今回は地元民との交流、その土地に住む人ならではの情報をもとに3日間過ごしたいと思っていたので、エアビーで探すことにした。

かなりの件数があるなかで、土地勘もない状態ではあったがネットの情報をもとに、目星をつけて予約した。

旧市街と新市街はそこそこ離れており、予約した先も公共交通機関で辿り着くにはなかなか大変そう。荷物もあるしここはuberを使って移動。

約30分程度車を走らせ、到着。確かに街並みが同じ市とは思えないぐらい違った。

高層ビルやマンションが多い

ウサケン地区

ボゴタ北部にあり、お金持ちが多く閑静でお洒落な地区である。

宿泊地である場所にたどり着くとそこは高級マンションのような佇まいである。

フロントに警備員がおり、昨日までいた環境が嘘のようだ

家主が落ち合う約束の時間に外出しており、今から帰るのに、1時間程度かかるということで、ちょうどお腹が空いていたので近くのカフェで食事をして到着を待った。

犬も南米風な顔のように感じる 

再び約束した予定時間通りにマンションの下で合流した、コロンビア人男性、フェリペ。

僕と同世代ぐらいの筋トレ好きそうな好青年。

自宅にあがらしてもらうと、母親らしき人がいて2人暮らしなのだそうだ。

ここに3泊で80ドルは抜群に安いと思える広さ、清潔さ。そして快適なベッドと専用シャワーに洗面所。唯一の共同の場はキッチンと冷蔵庫ぐらい

あとは立地。

ここから遊べる場所までどれぐらいの位置関係にあるのかということだけである。

とにかく、体調も復活していたから

クラブに行き、酒を思いっきりたしなみたいと考えていた。

フェリペは家庭のルール説明、鍵の受渡し、そして色々な地元の情報を教えてくれた。

遊べる場所までは歩くと40分程度、タクシーでは10分ぐらい。

悪くはない立地。

その後家の周りの様子を伺うべく、少し散歩をし

今日は夜に全てをかけようと決めた。

1度シャワー浴び昼寝をし、ウサケンの夜を迎えるのであった。

次回

コロンビアで初クラブ 

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コロンビアの旅 ボゴタ3

遂に、回復した。

嬉しくて嬉しくてたまらない。

やっと、全てのことがなんの支障もなくこなせる。ただそれだけのことでこんなに幸せを感じれるのか。

大袈裟に聞こえるかもしれないが、心からそう思った

※それ以降、約2年半風邪や発熱等は一切無い健康体を維持中 

いちいち感動してしまうぐらい、今回の一連の流れは僕を苦しめた

さぁ、外へ出よう。

まず向かった先は

聖母カルメン教会

ゴシック様式の教会で

外観も内部もド派手。

故障明けの自分にはチカチカしてみえたが、日本やその他の海外でも見たことのない教会で、奇抜で美しい。

あいにくの空模様

その後はボテロ博物館

フェルナンド・ボテロという芸術家の作品が多く展示されているが、それ以外の芸術家の作品も展示されている。

そして、無料。

どうやって運営してるん、ってなったけど、無料でこのクオリティはすごい。

ボゴタに行った人は是非

何せボテロの作風はすごい。

モナリザもボテロ仕上げに
El ladrón (泥棒)

作品を見ていてなんかどっかで見たことある感じと思い、帰って調べてみて驚いた。

バルセロナのラバル地区に住んでいた時、近くの広場に、ボテロの作品があったのだ。

El Gato de Botero (ボテロの猫)

でっかい変な顔した猫の像と当時思っていたが、これはバルセロナ市役所が、僕が産まれた1987年にボテロから購入した物だそうで、ラバル地区のシンボルになっている。

ラバル地区やバルセロナでの生活についてはいずれ書きたい。

こんな偶然もあるのかと思い、スペインでの生活を懐かしみながら、次の場所モンセラーテの丘へ向かった。

ここは夜景をみるのにおすすめの場所だが、今回は1人だし、丁度ケーブルカーで登った上でお昼も食べれるという。

登って歩いていると辺りは土産屋や屋台風のお店だらけ。

強引とまではいかないが、客引きもすごい

まだコロンビアのご当地グルメを味わっていなかったけど、ホルモンのような匂いと得体の知れない食べ物を売っている店だらけで、病み上がりのせいか

チャレンジ今はしたくないな…

と、思ってしまった。

なんか食べれそうなものがあればいいな、そんなことばかり考えて歩いていた。

そして、お店ももうこれ以上奥にはないというところまで来たときに、一軒のお店に入ることにした。

そのお店もやはり、得体の知れないホルモンのようなものをメインで売っていたので

食事はとりあえず、後回しにしよう。

ビールでも飲もう。

そう思いビールを頼むと、コカ茶を勧められる。

そう、コカインの原料であるコカの葉を使用したお茶である。

コカの葉を使ったコカ茶はコロンビア以外でもボリビアやペルーその他の南米諸国でも飲まれているそう。

飲んだからといって、テンションが上がったり、罰せられたりといった事はなく、むしろ健康に良いとされ、僕はお土産で買って帰ったぐらいだ。

その店のお兄さんはよほど日本人が珍しいらしく、やたら色んな質問を投げかけてきた挙句

頼むから日本の紙幣を記念にくれといってきた。

これも縁だしなーと思い千円をあげ、代わりに何か土産になる物をくれといい、コロンビアと袋に書かれてあるチョコレートを数袋

交換という事にした。

損か徳かはこの際気にしない。

そんなやりとりをしつつ、頭の片隅には明日からの宿どうしようっていうことが徐々に心配になってきていた

次回

ボゴタの高級住宅地区へ

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コロンビアの旅 ボゴタ2

翌朝、目が覚めた瞬間におもう。

体調良くなってますように。

そして次の瞬間に悟る。

変わってない。

海外の一人旅での一番辛い事。それは体調を崩すことだと思う。看病してくれたり励ましてくれる人はそこにおらず、全て自分で解決しなければいけない。

しかも人間はカラダが弱っている時、自然にココロも弱くなる

なんで1人で来てしまったのか

こんな遠いところまで来て寝てるなんて

時間めっちゃ無駄にしてる…

カラダの不調はどうしようもないことなのだけど、色んなネガティブな事を考えてしまう。

しかし、そんな事を考えつつも、動けないものは、動けない。症状は昨日の無理もたたったのか、少し悪くなっているような気がする。

まだ朝の10時頃だったので、もう少し寝た。

13時頃再び目を覚ました。

マイアミの薬局で買った薬を飲むために、何かお腹に入れようと思い、食べ物を探しに外へ出た。

ホステルの周りにはたくさんのカフェやレストランがあったが、お店でゆっくり食べる余裕はないので、持ち帰りができるお店を探し、ケバブを買って部屋に戻った。

実物はかなり巨大

ケバブを食し、薬をのんで再びベッドへ。

次に起きたのは19時を過ぎていたが、しっかり薬をのんで寝たにもかかわらず、悪くはなっていないが、全く良くもならず。

これはもしや、薬があまりあっていないのではと思い、街に出ればしっかりとした薬局あるだろうと

歯を食いしばり外へ出た。

夜風の中、歩いていると少し気が紛れた。

薬局へ行き症状を伝え、今のんでいる薬を見せ、これでは状況が変わらない旨を伝えた上で、オススメされた物を買う。

本当なら今頃広場でビールでも飲みながら夜風に当たってボゴタの街を散策してたはずなのに…なんて考えながら宿に戻る。

もし明日の朝治ってなかったらもう病院行くしかないかな。なにしろ不調を感じ、体調を崩してかれこれ4日目になるのだ。

そう考えながら薬をのみまた寝たのだ。

翌日。

今日が一番辛い。

なんでやねん。

昨日の薬局で買った薬、なんやってん。

自分のスペイン語力に問題があったとは思われへん。絶対伝わってたはずやのに。

もう、限界…

病院での高額の支払いもやむを得ず。

宿の人に病院の場所を聞こうとしたら

1人のスペイン人女性と名乗る人がいた。

ヤバそうな僕を見て

「どうしたん?大丈夫?」

声をかけてくれた。

状況を伝えると、カバンから何か取り出し

「私はもう帰国するから、よかったらこれのんでみる?効かなければ病院に行けば?」

と箱に入った薬を僕に渡してくれた。

それはなんと、見覚えのあるパッケージで恐らくフランス製の薬だったと思う。

実際に過去に、飲んだことがあり、この薬がとても効くことは知っていた。

やった!!!

ナイチンゲール、ボゴタにあり。

今回のこの大変なカラダの不調もこれでやっと終わる。

その薬を見た時点で確信があった。

このパッケージに書いてある名前が企業名なのか、この薬の種類の名前なのか、定かではないが、以前、このパッケージに書いてある名前の抗生剤をのんだことがあった。

しかし今回は、ラムネのような固体を水に溶かしてのみ干すというタイプ。

余計効きそうやん。

散々、礼をつたえ早速部屋で飲んで、寝た。

奇跡の特効薬

昼過ぎに起きた。

案の定、明らかにカラダの調子は改善されており、安静にしつつ、あと2回飲んだら絶対治るな、という手応えがあった。

遂にこの不調から解放されるのか

そう思うと、涙脆い僕は

ウルッときてしまうのである。

自分のカラダは自分が一番良く知っている。

この度の辛い経験、そしてこの特効薬。

スペイン版ナイチンゲール。

生涯忘れる事はないだろう。

次回

回復後のボゴタ観光 

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コロンビアの旅 ボゴタ1

部屋に帰ったら、どっと疲れがきた。

治安の悪いとされる、知らない街で約2時間程度徘徊し、酒も飲んだ。

もう深夜2時に近い。

神経を研ぎ澄ませ危険を回避することに集中していた、緊張の糸がほぐれたのだ。

すると一気にカラダの不調が舞い戻ってきた。激しい頭痛と気怠さ。

疲れからきているのか、単なる眠気か、わからないが、猛烈に辛い。

シャワーを浴びて横になりたかったがそれすらも、行動に移せない。

悪戦苦闘30分続けていると、部屋に誰かが入ってきた。

そう、ホステルの4人部屋に宿泊しているのだ。

2段ベッドが1つと、シングルのベッドが2つ。

確かにシングル2つのベッドの上には荷物が置かれていたので、誰かいるのだろうとは思っていたが、徘徊から戻った時にはそれどころじゃなかったので、何も考えれていなかった。

2人は友達同士のアルゼンチン人。幼馴染らしい。すごく酒に酔っていて、呂律が回っていない。

しかし、フレンドリーに話しかけてくる。

話していると少しではあるが状態がマシになってきた。

すると彼らは当たり前のように透明のパケを取り出して、机の上に出し始め、クレジットカードか何かでその粉を砕き始めた。

もちろん、コカインである。

アルゼンチンでも手に入るが、コロンビアでは格段に安いそうだ。

お金の神様に申し訳ないなと思ったが、彼らはコロンビアペソの紙幣をクルクルと丸めて鼻に当てがい、机の上にライン状にひいた砕かれたコカインを一気に吸い込んでニンマリ

「もちろん、一緒にいくよね?」

いや、大丈夫やで。ありがとう

2人は残念そうにしていた。

ボゴタに先に訪れている先輩として、この辺の治安や街の状況をきいたり、オススメのバルやレストラン、カフェをきいたり、また自分が調べてきたネットの情報などを伝えながら情報交換を行った。

2人はまだこれから、ホステルを出て遊びにいくという。

クラブなんかはこれから盛り上がるから!って言いながら出て行った。

もう4時に近い

ありがとう、出て行ってくれて。

気をつけてな

そうしてボゴタ1日目の夜は過ぎて行った

次回

ボゴタ2〜3日目の様子 

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コロンビアの旅 入国

遂に、首都ボゴタへ

エルドラド空港に着陸。

到着したことによる達成感と南米大陸に降り立った高揚感に加え

マイアミの空港で薬をのみ、飛行機ではしっかり寝れたので到着した時には

あれ?治った? 

なんて思うぐらい、興奮も相まってカラダの不調は無くなっていた。

到着が22時を過ぎていたので、荷物を受け取り急いでホステルのあるセントロ(中心街)へ向かった。

今回ボゴタには6泊する予定にしていて、とにかく前半の3日間だけ寝床の予約をしておいて、後半は街の様子を見ながらどこの地区に泊まろうか考えるつもりだった。

予約をしていたのは旧市街と呼ばれる地区

ラ・カンデラリアだ。

ネットで調べた事前情報では、あまり治安はよろしくなく、ただこの地区には観光名所が多いということで、悪いといっても大したことはないと、たかをくくりこの場所に決めたのだ。

空港からは40分程度

とにかく夜も遅かったし、流しのTAXIは南米は危ないと聞いていたけど、uberは使わず、声をかけてきた数人の中から良さげなTAXIを選び目的地を告げた。

興奮状態は続いており、気づいた時にはもう

「着いたよ、ホステルここだろ?」

目の前までつけてくれたのである。

ホテルの前の道

もう夜もふけ、誰も歩いていない。

治安悪そう〜

治安悪いからこの時間誰も歩いてないんやろうな〜

なんておもいながらチェックインし、荷物を置き5分後には外に繰り出していた。

歩いて30秒ぐらいで、若者が近付いてきた。

「コカインあるけど」

早速かい!って突っ込む間もなく、好きなんだろー?みたいな顔してニヤニヤしている。

でも、直感的に悪い奴ではなさそうな感覚をもった。

「いらんけど、人がいっぱい集まってるような賑やかなとこどこ?」ってきいたら

「案内してあげるからついておいで!」

若者と出会った場所。他には誰も歩いていなかった

と言われたが、街を知るためにフラフラしたかったし、あとからガイド料みたいなんせびられても嫌なんで

自分で探すからええよ。

と言ったが、ナチュラルな親切心なのか

「まじでこの辺危ないから、そういうのも教えたるからついておいで」

ということで、まーこれも出会いかなと思いついていくことにした。

途中携帯を出して、街中の写真を撮ろうとしたら

「この時間外でアジア人がiPhoneとか出してたら、まじで力づくで奪われるからやばいて」

忠告してくれました。

そして、目的地に近づくにつれてこの辺の地区は本当にゴミまみれで臭くて汚い。

悪そうな雰囲気も抜群

よく海外を旅するyoutuber達がいうような危険な雰囲気、わかる。

とにかくヤバいとこはグラフィティが多く、ゴミだらけ。それからあからさまに目的もないのに徘徊し、たむろしている人々。目がギラついている。

ボゴタの治安は回復しているときいていたが

夜のヤバイ地区に行けばそらヤバイか。

そして辿り着いた場所

サンタフェ地区

碁盤の目のように区画整理されている。

メインのブロックには

見渡す限り、売春婦・ジャンキー・キャッチのお兄さん方そして

警察がすごいおる。

警察がめっちゃおる時点で、そんな無茶なトラブルには巻き込まれる事は無いと思いつつも、こっちは悪徳警官いっぱいなんかも?なんて考えながらブラブラしていた。

案内人とは離れたが、また近くであい、最終的に

「マリファナいるやろ?」と言われ

いや、いいよ!ってゆったら

「WhatsAppだけ交換しとこや」

連絡先交換し、別れました。

ほんまに、ただのええ人やった。

お店自体はクラブっぽい雰囲気の店だったり

扉もなく開放的な音楽ガンガン轟かせまくってるバーとかが無数にあって、すごい賑やかな場所。

ただ一本路地に入れば北斗の拳の世界を彷彿させる雰囲気

その後、一件店に入ってビール飲んでたけど、とにかく視線が半端じゃない。

店の奥にも悪そうな奴がうごめいている。

この場所に、この時間に、お前みたいな奴、なんで?みたいな顔みんなしてた。

けど、少しコミニケーションとれば、みんな陽気でいいやつばかりだった。

すごいとこに来たなと初日の夜から衝撃的であった。

次回

ホテルに戻ってからも長い夜は続く…

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コロンビアの旅 出国

今回の旅は相当な長丁場である。

僕は飛行機で長距離移動するとほぼ100%の確率で体調を崩す。長時間のフライトでの疲れと時差にカラダが負けてしまうのだ。

一旦LAのサウスセントラル在住の友人の家に4日滞在し、体調を整え、そこからマイアミを経由しボゴタへ向かう。

そんな旅程を組んだのである。

出発したのは2月の初旬、極寒の中、大阪国際空港(伊丹空港)から成田空港へ。

そこからLAXへと向かう

到着した時には友人が迎えにきてくれていた。

毎度思うのだが本当にLAの青空や天候は言葉では言い表せない程に素晴らしい。天候に関してはスペインのバルセロナも素晴らしいのだが、あっちは雨がよく降る時期もある。

LAは1年の90%以上が晴れという年もあるのだそう。それぐらい、ほぼ毎日晴れている

さすが、世界中が愛する街、ロサンゼルス。

天使達の街

しびれますね

そんな3度目の訪問でした。

久しぶりに会う友達とバーベキューをしたり、フットサルをしたりコンプトンへ行ってみたり。限られた時間を楽しんでいましたが、この辺で徐々に体調に不吉な変化が現れ、マイアミへのフライトの1日前には

悪寒や頭痛、熱特有の目頭が熱く、喉が痛いなど穏やかではない状況になっていた

ただ、安静に2.3日寝ていられる状態ではないため、友人妻からもらった特効薬を握りしめ、飛行機に乗った。

LA→マイアミ間は約6時間

機内では寒さと頭痛に激しくおかされながら冷や汗も止まらず、地獄のフライト。

友人妻の特効薬も今の状態には全く効かない。

英語がほぼできないので、状況を伝え機内の常備薬をもらうこともできず

マイアミにつけばなんとかスペイン語が通じるんではないかということだけを祈り、目を瞑り

お願いだから早く着陸してください

と、頭の中で唱え続けていました。

測ってなかったけど、おそらく熱も37度後半〜38.0ぐらいはあったと思う。

なんでマイアミがスペイン語いける?っていう人もいるかもしれないので書いておくと

マイアミはフロリダ州の州都ではないものの、人口最大都市として、観光地や映画のロケ地、マイアミビーチ等、世界的に有名な国際都市であり

“中南米の首都”

と呼ばれるぐらい、キューバ、コロンビア、ハイチなどの中南米からの移民が多い街

中南米はブラジルやカリブの諸外国を除きほぼスペイン語圏なので

マイアミにいけばなんとかなるだろうという気持ちで、飛行機から這うように出て、乗り継ぎの時間の間、薬局を探した。

そしたら

さすが国際都市の空港

売店に薬が申し訳程度に置いてあるとかじゃなくて

ちゃんとした専門の薬局ありました。

それ見ただけでなんかうるっときた。

ほんでなんか治った気がした

失礼かもしらんけど、明らかにラテン系の体型、顔のお姉さんに症状を伝えて、この状況改善する薬くださいとお願いしたら

うちに任しときっ!

みたいな感じで薬もってきてくれて、これで間違いないから!

と言われ、薬をのみ、ボゴタへの便へ乗り込むのでした。

次回

遂にボゴタへ到着!

コンプトンにて。この次の日からカラダの故障が始まる。

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コロンビアの旅 経緯

まず

自分がこれまで経験してきた多くは

旅行ではなく旅であったと思う。

この明確な違いについては、はっきり答えがあるわけではないが、自分の中では全く違う。

自分なりの解釈では

旅はしっかり計画したものではなく、ある程度の偶然や突発的な事にも対応できる時間と余裕があってこそ成し遂げられるもの。

旅行は事前の準備をしっかりと行いスケジュール通りに行うもの。

そんな認識でいます

というわけで、今後は冒頭ではっきりと今回は旅について、旅行について、と記した上で書いていこうと思う。

今回は2年前のコロンビアへの旅について

コロンビア編は早速ながら長尺になりそうなので、まずは出発までの経緯を書きたい

コロンビアという国に対し、全く興味をもつことはなかった。当然といえば当然だと思う。地球で日本の真反対にある大陸の国だから。

珈琲、サッカー、コカイン、美女、陽気なラテンの国

そんなありきたりなイメージしかもっていなかった。

2014年にスペインへ1年間留学をしていたが、コロンビア人と関わる事は皆無。

国のイメージすらあまりなく、行ってみたいと思うことなど一度もなかった。

まして、中南米の国に興味は一切なかった。

それがあるNetflixのドラマによって全てが変わった。

そもそも、僕はドラマや映画、本や音楽にとにかく影響を受けてしまう。

ロケ地や、それらが製作された背景、またそれがノンフィクションであれば尚更興奮してしまう。

そのドラマというのが、世界的にコロンビアのイメージを恐怖に陥れた

麻薬王 パブロ・エスコバル

本名

パブロ・エミリオ・エスコバル・ガビリア

この人の人生をドラマにしたその名も

“ナルコス”

スペイン語で、麻薬密売人達

という意味で、タイトルから強烈だな〜と思った。

このドラマが本当にツボに入ってしまい、魅了され、Netflixワールドにもこれがきっかけで抜け出せなくなった。

ドラマの内容はさておき

行きたい国の順位が100位から一気に1位に躍り出たのである。

行きたいと思ったらもう我慢できなくなり、早速航空券を探した。

たまたま、勤めていた会社が廃業するというタイミングでもあり、約1ヶ月程度自由な時間をもてるという絶好の機会であった。

あとは迷う事はなかったが、身内や友達は信じられない、コロンビアなんかに…

とか、なんでわざわざそんなとこにピンポイントで?

何のために?なにがそこにはあるの?

色々言われたが、そこになにがあるのかは行ってみないとわからないし、行くことでマイナスになることなんか絶対ない。

人生なんでも経験

それを常に想いながら生きている自分にとってはそんな場所に行ける機会を掴めたと、本当にワクワクし、出発当日まで、毎日カウントダウンしていた。

せっかく南米に行くのだから3.4日の滞在で色々他の国も廻ろかとも考えたが、今回はしっかりとコロンビアの2大都市である、首都のボゴタ、それから第二の街メデジンを巡り堪能しようと考えたのである。

次回は

日本を経ってから首都ボゴタに入るまでを書いていきます

一人旅は自撮りが増えますねん

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その1 旅(旅行)についての価値観

僕は中学校を卒業するまで旅行が嫌いだった。理由はまず、自分の部屋以外で熟睡することができなかったからだ

おそらく旅館の部屋の畳の匂いやホテルのベッドのシーツの匂い、何か、よからぬものが突然現れるのではないだろうか。

首を絞められて殺されてしまうのではないか。等

何かうけつけないものがあった。

しかし、高校で寮生活をはじめてからそのような苦手意識が無くなった。

海外を含む部活動での遠征や、友人同士での旅行を経ていくうちにむしろ、新しい土地を訪れることやその土地を知れることに喜びを感じれるようになったのである。

少し誇張した。

喜びを感じれるほどになるのは、高校を卒業して約15年経った今ようやくかもしれない。

今は初めて訪れる場所にとても興奮するし、前日はそれこそ、遠足前夜の子どものように眠れない時もある。

現在の仕事は出張の多い仕事で、新たな土地に行く事も多い。ご当地グルメや現地の方言、文化を知れる事は何事にも代えがたい。

しかし、これは一つの価値観であり

ご当地グルメなんか大嫌い。

チェーン店の、味がわかるものが最高

知らない土地を歩くのは嫌だ。知らないとこなんか怖い。別にわざわざ知りたいとも思わないし、新しい人との繋がりなんか必要ない

そんな人もたくさんいるし、その人が間違ってるとは思わない。そんな価値観の違いがある人からも、それ以外の部分で学べることってすごくある。

数年前までは、そんな価値観違う人と話しても意味ないわ

なんて思ってたけどここ数年の経験でずいぶん考えが変わった。

何が間違いで、正解かという事なんてないし

この人の価値観が正しいとかもない。

ただ、自分と価値観の近しい人に魅力や親しみを感じ、付き合いをしていくということは大いにあると思うし、自分が心を許せ、プライベートの時間を一緒に過ごす人達は自然とそういった人達になっていく。

要はそこでお互いを否定し合わずに尊重しあう、そんな些細な事が大事だと思う。

色んな人がいて、色んな考え、価値観がある。当たり前のことだけど最初に今現在の気持ちを残しておきたかった。

自分自身、旅行(旅)に行って、楽しかった経験ばかりではない。

誰と、どんな状況や間柄で、どこへ行くかはとっても重要な要素だと思う。

僕は人生で2回、そのような中で地獄のような経験をしたことがある。

これに関してはまたいずれじっくり書きたいと思う。

それから

“旅行”

“旅”

ここの違いにも触れていきたいと思う。

しばらくは文章をつくることに慣れていくためにも、雑記や時系列がバラバラになっていくことが多々あると思うが、お付き合い頂き、少しずつ、読みやすい楽しいものを目指してやっていきます。